桐生商業高校卒 青山尚緯さん

青藍泰斗高校 青山尚緯監督  27歳で立った甲子園の舞台

栃木・青藍泰斗高校を率いる青山尚緯(なおい)監督。

昨年就任2年目にして同高を35年ぶりに夏の甲子園に導き、27歳という青年監督ということもあり、大きな注目を集めた。

青山監督は桐生商OBであり、野球人としてのルーツは球都桐生で築かれたものだった。

現在桐商で監督を務める高橋正志監督がコーチだった頃、当時の武藤賢治監督ら後に高校野球で指揮官となる4名のもとで薫陶を受けた。

そんな青山監督に桐商で過ごした日々や、聖地に立った時の気持ちなどを語ってもらった。

桐商時代は監督を経験する指導者のもとで過ごす

桐商に進学しようと考えたのは、私たちが進路を決める中学3年生当時、群馬県の決勝戦で桐生商業と高崎商業が当たったんです。その試合を見て、地元で力のある商業高校であることが理由の一つでした。

あと私実は双子でして、二人で一緒に行ける強い高校はどこだとなった時に、桐生商業だなということで決めました。

入学した時私たちの学年は結構人数が多い代だったのですが、そんな中でキャプテンもやらせてもらいました。

とても個性豊かな学年だったのですが(笑)、なんとか全員で同じ方向に向けるように声を掛けながら、一つの目標に向かって頑張っていた記憶があります。

(その目標とは?)甲子園に出場したいというのが一番でしたので、そこを目標に頑張ってました。

私たちの現役時代は、武藤賢治監督でコーチが今桐商監督の高橋さん、部長が清水(哲也)さんと冨田(裕紀)さんでした。

今挙げた4名の先生方は皆監督をされるような方たちでしたし、それぞれ違ったアプローチの仕方・指導方法がありました。

私も教わりながら勉強させていただいたので記憶に鮮明に残っていますし、現在指導者という立場になってすごく活かされているところです。

恩師から受け継ぐ「野球をやらなくなった時に何が残るか」

卒業後の進路を決める時に、先生方に「教員に向いているんじゃないか?」という話をしていただいて、それが決め手となって指導者を目指しました。

桐商時代に先生方に教えていただいたことでもあるんですけども、「野球をやらなくなった時に何が残るか」という観点で、素晴らしい人間になれるよう礼儀ですとか人間性を磨くことを伝え続けています。

昨年甲子園に一緒に出た選手たちもそうですし、後輩で今僕たちと一緒に野球をしている生徒たちも今伝えた部分にフォーカスして頑張ってくれています。なので、彼らも理解しているのではないかと感じていますね。

甲子園、“聖地”と言われる場所に立たせていただいて、一番感じたのは熱量。本当に大きな衝撃を受けました。あの一球一球に対する歓声がすごく印象に残ってます。

(球都桐生で野球に関わっている方たちへ)球都桐生と言われるほど野球が盛んな地域だと実感しています。

場所は離れていますが私も桐生野球の発展を願ってますし、今球都桐生で育った身として栃木で指導者をやっていますので、栃木の野球発展も応援いただけたら嬉しいです。