Vol.004 頑張れヒルタク!
「なんで選球眼がいいんですか?」 憧れの栗山巧に聞き、蛭間拓哉が手にした大きなヒント
西武のドラフト1位・蛭間拓哉は6月23日に1軍初昇格して以来、スタメン出場してチームの勝利に貢献することもあれば、ベンチから試合を見守ることもある。
入団当初、「即戦力」と期待されたルーキーは8月3日時点で17試合に出場して打率.220(50打数11安打)、1本塁打、7打点、6四球。二軍では打率.298(151打数45安打)を残してきたことを考えると、一軍で同じように打てているわけではない。
だが、本人は充実した表情を浮かべている。
「1軍はやっぱりレベルが高いので、見て感じることのほうが多いですね。この場面だったらこうするとか、この人はこう考えているんだなとか」
1軍経験を重ねての「慣れ」
1軍昇格当初は相手投手に抑えられる打席も多かったが、場数を重ねるにつれて確かな成長の爪痕を見せるようになった。
象徴的だったのが8月1日のソフトバンク戦で5対0とリードした8回裏、二死1塁から左腕・笠谷俊介と対戦した場面だ。2ボール2ストライクに追い込まれた後、内角低めのナックルカーブ、続けて内角低めに投じられた149km/hストレートと、いずれも際どいボールを自信を持って見逃し四球を選んでみせたのだ。
「1軍に上がって最初の頃はストレートに振り負けたくないと思って、タイミングをとる部分で苦戦してボール球を振ることもありました。基本的にストレートを意識しすぎると、変化球でもボール球に手を出してしまいます。でも打席数を徐々に積むなかで、『慣れだな』っていう感覚はすごく出てきていますね」
1軍の投手たちは力強いストレートや切れ味鋭い変化球を制球よく投じてくるなか、打者は自分のストライクゾーンをいかに確立できるかが重要になる。厳しいコースには極力手を出さず、甘いボールを仕留める。それがヒット数を増やしていくための鉄則だ。
“大先輩”との打撃談義
早稲田大学時代の蛭間はボール球に手を出し、三振の多さが課題だった。それを克服するために、大学3年冬から行っているのがビジョントレーニングだ。
「トレーナーの方に、『いいときはこういう目の使い方になっているけど、ダメなときはこういう動きをしている』と試合の中で自分の癖を見てもらってきました。そもそも自分の中で『目が課題』と思っていたので、月に1度、対面やオンラインで見てもらっています」
課題克服にこつこつと取り組み、いつしか「選球眼が持ち味」と評される打者に成長した。
そうしてドラフト1位での西武入団、1軍昇格とステップを踏む蛭間は今、「選球眼」の重要性を改めて見つめ直している。球界でもボールを見極める能力がとりわけ優れ、蛭間自身も「憧れ」と公言するチームメイトの栗山巧との会話がきっかけだった。
「自分は打席でこういう意識をしています。栗山さんはどういう意識をしているんですか?」
ある日、17歳上の先輩に自ら聞きにいった。そこから打撃談義が広がり、「なんで選球眼がいいんですか?」と蛭間は掘り下げた。栗山が教えてくれたのは、打撃チャートの見方だった。
プロ野球中継でもお馴染みの打撃チャートは9分割されたストライクゾーンに1球ずつ球速や球種を落とし込み、配球の傾向を視覚で捉えやすくするものだ。蛭間は大学時代にもこのデータを渡されていたが、あまり参考にしていなかった。
「相手投手のデータが出ていても、自分に対する配球はまったく違うこともあったからです。でもプロに入って1軍に来て、栗山さんと話して考えるようになってから、自分が試合に出ていないときにバッターボックスの選手をすごく見るようになりました。それで『なるほどな』って感じるようになりましたね」
打撃チャートから見えてくるもの
プロの打者には「来た球を打つ」と話す者もいるが、当然、配球にも思考を巡らせている。そのほうがヒットを打つ確率も高まるからだ。データと感覚を擦り合わせることで、打撃成績を上げていくことができるわけである。
では、プロの打者はどのように打撃チャートを見ているのか。
「簡単に言えば、『この人、いつもはスライダーが多めだけど、今日はチェンジアップが決まっているから追い込んだらチェンジアップだな』というように考えています。フォークが決め球のピッチャーがいるとして、今日の試合ではフォークがなかなか決まっていない場合、0ボール、2ストライクになったら『いつもならフォークだけど、今日は真っすぐに張ろう』とか」
結果、目付けの仕方や打球方向の意識が変わってきたと蛭間は語る。
「追い込まれたら、『ここまでの攻めはこういう感じだから、こういう張り方をして、こういうボールの軌道をイメージしながら待とう』と考えられるようになりました。まだ技術がないのでそこまで対応できていないですけど、それでも打席の中で余裕が出てきました」
目付けとは、例えば低めのフォークを捨てる場合、自分で照準を定めたラインより下の軌道の球は振りにいかないようにすることだ。外角のチェンジアップが来そうな場合、ボールを引きつけて逆方向に強く弾き返せるようなタイミングで待つことでヒットの確率を高めていく。配球を読めるようになると、打席での対応力も増していくわけだ。
うまくなるために、何ができるのか
ボールを見極める能力である「選球眼」は、こうした点にも通じる話である。蛭間は栗山との会話を通じ、理解を深めた。
「ボール球が来たから見逃してという単純な話ではなく、データに基づく根拠を栗山さんは持っていました。『なるほど。だから選球眼がいいんだ』って思いましたね。栗山さんが2000本安打を達成したのは技術だけではなく、考え方もあってのことだと感じました。努力も含めた姿勢から学び、自分もなれるようにしたいです」
1軍にいるからこそ、大先輩のすごさを身をもって感じることができた。チームメイトとして一緒に戦い、蛭間はもっとうまくなりたいという欲求が高まる一方だ。
「本当に毎日が学びだなってすごく感じます。今はうまくなるために、自分は何ができるのかをすごく考えながら取り組んでいます」
入団してから2軍で行ってきた練習を今も継続しつつ、1軍に来たからできる経験や学びを重ねる日々だ。大きな期待を背負うドラ1の蛭間は充実した毎日をすごしているからこそ、故郷・桐生の人たちにも勇姿を見にきてほしいと思っている。
「1軍で試合に出る機会が増えているので、ぜひ見に来てください。ベルーナドームで打席に入る際、登場曲の郷ひろみさんの『2億4千万の瞳』でファンの皆さんに『ジャパン!』と言ってもらうところもあるので、ぜひ桐生の方々にも言っていただきたいです」
子どもの頃から憧れてきたライオンズで2000本安打へ。1軍の舞台に身を置くようになった蛭間は、大打者の仲間入りを果たすべく奮闘中だ。
Text by 中島 大輔
1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年からセルティックの中村俊輔を4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識変える投球術』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『プロ野球 FA宣言の闇』『野球消滅』『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。