Vol.005 頑張れヒルタク!

西武・蛭間拓哉に生まれた“考える余裕”
黄金ルーキーの非凡な才能と、周到な準備

 本拠地ベルーナドームのナイターで球審から「プレーボール」のコールがかかる約6時間前、正午頃になると埼玉西武ライオンズのルーキー・蛭間拓哉は静まり返った球場にいち早くやって来る。アーリーワークという若手を中心とした早出練習が12時50分から始まるため、しっかり備えるためだ。
「50分くらいかけてストレッチや準備をします。そうやって始めたのは大学2年の秋季リーグの終わりくらいですね。試合前の準備として自分の中でやるべきことがあるので、早めに来るようになりました」
早稲田大学時代から続けるこのルーティンこそ、蛭間の土台を支えるものだ。プロになっても変わらない。自分のやるべきことを黙々とこなしているから、入団1年目から力を発揮できている。

一軍で養う“対応力”

 6月23日に一軍初昇格し、まもなく3カ月。当初はベンチから試合を見守ることもあったが、シーズン最終盤の今はスタメンに欠かせない戦力だ。
「一軍に上がった当初は“考える余裕”がなかったです。そういう意味では慣れてきたのが一番大きいですね。打席での1球1球、2ストライクに追い込まれてからの対応など、一つひとつのプレーを以前より落ち着いてできるようになりました」
 7月下旬まで打率1割台に沈んでいたが、徐々にヒットを増やし9月14時点で同2割5分まで上昇させた。相手チームのエース級に対しても狙いを持って打席に入り、うまく弾き返すシーンも増えてきた。
 例えば9月10日、エスコンフィールドHOKKAIDOでの北海道日本ハムファイターズ戦だ。1対0で迎えた2回表二死2、3塁で打席に入ると初球、内角やや高めの147km/hストレートをライト前に弾き返した。
「『速いボールを打つ』と張っていて、インコースの球を反応でしっかりさばくことができました。逆方向を意識していたら、さばけていなかったと思います。そういう部分では、いろいろ対応できるようになってきました」
 蛭間は高校時代から速いストレートを苦手としてきた。プロに入ってファームでも、ライトに引っ張る当たりがなかなか出ないのが課題だった。
 ところが一軍昇格後、一線級の投手から速球をライトに弾き返している。経験を積むにつれ“考える余裕”が生まれ、対応できるようになってきたのだ。
 こうした打撃の裏には、もともと得意としている形も関係がある。ボールを身体近くのポイントまで呼び込み、センターから逆方向中心に弾き返すバッティングだ。
「打撃の幅を増やせるのは、逆方向へのバッティングも一つあると思います。そういう点でも、プロに入って対応力が少しずつ付いてきているのかなと思いますね」

結果につなげるメンタル術

 一軍昇格当初、下位でスタートした打順は1番や3番、5番を任されるようになった。首脳陣の期待の高さが感じられるが、蛭間本人は自然体で構えている。
「打順はそんなに気にしていません。試合に出ているだけで本当にありがたいことなので。自分が今、やるべきことをしっかりやりたいなと思います」
 では、打線で求められる役割をどう自覚しているのか。
「一番はつなぐことだと思います。源田(壮亮)さんだったり、外崎(修汰)さん、栗山(巧)さん、中村(剛也)さんという先輩方がいるので、自分が決めてやろうっていう気持ちは特にないですね。とにかく後ろにつなごうという気持ちで打席に立っていることが、塁に出たり、タイムリーが出たりとつながっていると思います」
 特に3番や5番ではチャンスで打席が回ってくることが多いが、変わらず平常心で臨んでいる。それが蛭間のメンタルコントロール術だ。
「『打ってやろう』という気持ちがめちゃくちゃ入りすぎると逆に力んでしまうので、しっかり冷静に。ピッチャーが投げる球をイメージしながら、『ここの方向に狙って打つ』と意識しています」
 そうして自身の打撃をできる打席が増えてきた一方、課題は守備だ。蛭間本人は「全部が課題」と口にするなか、とりわけ打球判断の向上が求められる。
「正直、学生の打球とは強さが全然違います。(打球判断の課題)はプロに入って露呈している部分で、難しいですね。慣れていくしかないと思います」
 それでも9月13日の福岡ソフトバンクホークス戦では5回二死、中村晃が放ったライト線への鋭い当たりに猛スピードで飛び込み、好捕してみせた。守備の上達は、実戦で機会を積んでいくしかない。逆に打球判断を磨いていけば、反応の良さをもっと活かしていけるだろう。

誕生日にプロならではの祝福

 ルーキーにとって、あらゆることが貴重な経験だ。そうした意味では9月8日、プロならではの体験があった。エスコンフィールドでの日本ハム戦で、23歳の誕生日を迎えたのだ。
 初回、3番打者の蛭間が二死から打席に向かうと、ライオンズ応援団がトランペットとともに「ハッピーバースデートゥーユー」を奏でた。するとファイターズファンも呼応し、球場全体から大きな拍手が送られた。
「お前、絶対これ、聞くやろ? 初球は絶対振らないやろ?」
 そう囁いてきたのは、相手捕手の伏見寅威だ。プロ野球ならではの祝福で、微笑ましいやり取りだった。
 ちなみに蛭間は初球、低めのストレートを見逃すと、ファウルで粘って7球目をレフトフライ。大観衆の温かい声援は、もちろん耳に届いていたという。
 一軍で経験を重ねている1年目のペナントレースはまもなく終わりを迎えるが、最後まで自分のやるべきことをしていくつもりだ。その姿をぜひ、故郷のファンに見てほしいと蛭間は願っている。
「今季は残りわずかなので、もしご都合がつく方は見に来ていただきたいです。しっかり桐生を盛り上げられるように、頑張りたいと思います」  入団から駆け抜けるようにすごしているプロ1年目。プロ野球選手のキャリアはこれから長く続いていくが、少しでも多くの収穫を得るべく、毎日黙々と準備し、全力を尽くしている。

Text by 中島 大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年からセルティックの中村俊輔を4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識変える投球術』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『プロ野球 FA宣言の闇』『野球消滅』『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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