Vol.003 頑張れヒルタク!

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「やっと始まったな」。プロ初本塁打&仕事に徹した四球で西武を勝利に導く蛭間拓哉の“非凡”な才能

 一軍初出場を飾ると、翌日に初安打、その次の日に初本塁打。埼玉西武ライオンズのドラフト1位ルーキー・蛭間拓哉は6月23日の楽天戦で待望の一軍デビューを飾ると、仙台での3連戦でファンの記憶に残る活躍を見せた。
「一番うれしかったのは、やっぱりホームランですね。まさかホームランを打てるとは思っていなかったですし。しかも早稲田大学の先輩の早川(隆久)さんからというのもあったので。それでチームも勝ったのですごくうれしかったです」
特に印象的だったのが、6月25日、0対0で迎えた2回二死1、2塁で早大の2学年上の先輩・早川から放ったプロ1号本塁打だ。フルカウントからファウルを挟んで7球目。早川が真ん中高めに投じた146km/hストレートを振り抜くと、高々と上がった打球は放物線を描いてライトポール際のスタンドに飛び込んだ。
「インコースの真っすぐを引っ張ろうと思っていたわけではなく、ボールを引きつけてショートの頭に打とうと思った結果、たまたま前のポイントで打ててライトに行きました。二軍でやってきた成果が一軍の舞台で出たのはすごく良かったと思います」
 蛭間は高校時代から速いストレートに差し込まれるという課題を抱え、プロでも同じ壁にぶち当たった。克服できなければレギュラーになれないとファームで取り組み、早稲田の先輩に対して逆方向をイメージして素直に打ちにいくと、ライトへのホームランという最高の結果につながった。

初本塁打直後の“反省と改善”

 並のルーキーと違うのは、5対0とリードを広げた3回二死1、3塁で回ってきた次の打席だった。打者にとってホームランは格別な喜びがあり、一本出ると次も狙ってスイングが大きくなりがちだ。
 だが、蛭間は自身のスタイルを崩さなかった。逆方向に強く打ち返そうと、早川が外角に投じたスライダーを前打席と同じように振りにいった。タイミングが少しズレてレフトライナーに倒れたものの、アプローチは決して悪くなかった。
 打席で自分のスイングができるのは、日々の反省と改善がある。プロ初本塁打を放った後も、その作業は欠かさずに行っている。
「ホームランを打った打席だけでなく、1打席目から4打席目までしっかり映像を見返しました。次はもっとこうしたほうがいい、という内容の打席もあったので。それと多くの人から祝福のメッセージをもらったので、しっかり返しました(笑)」

どんな試合でも、常に自然体で臨む

 プロ1号を放った直後のヒーローインタビューでは思わず笑みがこぼれ続けたように、蛭間は試合にのめり込む姿が特徴だ。プロ初スタメンを飾った6月23日の試合前には円陣での声出しを任され、先輩の呉念庭にアドリブで話を振るなど物怖じせずに自身の役割を果たしている。
「ファームで声出しをやっていたので、それと同様にやっただけですね。試合中も、うれしいときはうれしい、悔しいときは悔しい。自然にプレーしています」
 自然体の姿が周囲を鼓舞するとファーム首脳陣に評価され、3・4月には球団独自の「走魂賞」を受賞した。走塁をはじめ積極的なプレーを奨励するものだが、蛭間は特に意識して行なっているわけではないという。
 プロ野球の若手には、「一軍に上がると、二軍で見せてきたようなプレーをできない」と話す選手が少なくない。開幕からファームですごしてきた蛭間は、活躍の舞台が一軍に変わってどのように感じているのだろうか。
「初ヒットが出るまでは結構大変でしたね。1本出したい、出したいっていう気持ちがあって。1本出て以降は平常心というか、少し力んだりしているけど、冷静にできているかなっていうのはあります」
 高校時代の甲子園、大学時代の早慶戦という大舞台や、プロに入ってからの二軍戦、さらに大観衆が詰めかける一軍の舞台でも、蛭間は同じ気持ちでグラウンドに立っている。常に自然体で振る舞い、打席が回ってくると集中力が高まっていく。
 そうした姿勢でチームに勝利を呼び込んだのは、6月28日に沖縄で開催された日本ハム戦だった。

チームを勝利へ導く仕事

 0対0の8回裏からマウンドに上がった日本ハムの左腕・河野竜生に対し、先頭打者の蛭間はファウル、ボール、ファウルと積極的にスイングを仕掛けながらも、3球で追い込まれた。次のボールが投じられる直前、蛭間は打席での意識をさらに強めた。
「8回に先頭打者で入るのは守備に就いている頃からわかっていたので、どうやったら塁に出られるかをずっと考えていました。ヒットを狙っていたけど、追い込まれて、しっかりボールを引きつけて何としてでも塁に出ようと。その結果、低めのボール球を見逃せました」
 よっしゃあ! 思わず力強い声が出た。
 ルーキーの意地でも出塁しようというガムシャラさと、四球を選んで喜ぶ姿はチームメイトに伝播した。二死2塁から外崎修汰がライト前に勝ち越しタイムリーを放ち、中村剛也もセンター前タイムリーで加点。蛭間の四球から西武は2点を奪い、勝利を手繰り寄せた。

もっと打ちたい、もっと活躍したい

 一軍初昇格からスタメンで起用され続け、勝利につながる打席もあれば、守備でのミスが出たこともある。相手投手はルーキーに打たせまいと厳しく攻めてきて、打率.160(7月3日時点)と思うような数字が残っているわけではない。
 ただし、メジャーリーグで実績がある新外国人選手でも最初は苦しむほど、一軍のレベルは高い。環境や相手投手に慣れるには一定の時間が必要だ。最高峰の舞台で経験を重ねながら、蛭間は試行錯誤を繰り返している。
「初ヒットも出ましたし、これでやっとプロ野球選手になったというか。一軍で活躍してナンボだと思うので、やっと始まったなって感じですね。もっと打ちたい、もっと活躍したいという思いは日に日に増しています。そのためにも、頑張ろうと」
 周囲に期待された開幕一軍こそ逃したが、「自分にはまだ課題がたくさんある」とファームで前向きに取り組んできた。そうして最高峰の舞台に来たからこそ、感じられることがたくさんある。例えば、沖縄でのホーム開催もその一つだ。
「声援や口笛など、沖縄の人たちはすごく暖かいなって感じました。地方開催でしたが、もし桐生で試合をやる機会があるなら、ぜひお願いしたいですね」
 黄金ルーキーにとって、本当の戦いは始まったばかりだ。スポットライトを浴びながら、ヒットを打てば喜びを表し、打ち取られれば悔しさを噛み殺す。多くの声援を受けながら、自身の戦いぶりを見せられるのがプロ野球選手の醍醐味だ。だからこそ、特に活躍を見てほしい人たちがいる。
「やっと一軍に上がれたので、桐生の皆さんもぜひベルーナドームに見に来てください。これから活躍して桐生を盛り上げられるように頑張りたいと思います」
 自分のため、そして応援してくれる人たちのために。蛭間はプロ野球選手としてプレーする喜びを感じながら、さらなる活躍を誓っている。

Text by 中島 大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年からセルティックの中村俊輔を4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識変える投球術』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『プロ野球 FA宣言の闇』『野球消滅』『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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