Vol.002 頑張れヒルタク!

目次

課題克服の兆しが見えた、待望の“プロ1号”本塁打。ファームで腕を磨く蛭間拓哉の価値ある一発

 内角高めに投じられた141km/hのストレートを思い切り引っ張ると、放物線を描いた打球は本拠地CAR3219フィールドのライトフェンスを超えていった。

 埼玉西武ライオンズのドラフト1位ルーキー・蛭間拓哉にとって、5月4日のイースタン・リーグの日本ハム戦で達孝太から放ったこの一発は“プロ1号”ホームランだった。

 「今まではいい感覚でヒットが出ていなかったけど、このホームランは納得できる当たりでした。一軍ではなく二軍ですけど、自分のなかでは収穫になりました」

 蛭間にとって“プロ1号”は、課題を克服するという意味でも価値ある一撃だった。内角のストレートを引っ張り、ライトスタンドを超えることができたからだ。

「これまでは真っすぐを引っ張れていなかったので、引っ張ろう、引っ張ろうと思いすぎていました。でもタイミングやスイングが合えば、自然に引っ張れるようになってきましたね。自分の場合、そんなに引っ張ろうと思いすぎないほうがいいなと感じました」

リズムの変化で“自然”にスイング

 6月8日時点で34試合に出場し、リーグ2位の打率.317、二塁打は同トップの12本など好調を維持している。4月終盤に話を聞いた際は「真っすぐの打ち損じが多い」と課題が先行している様子だったが、口ぶりや表情が変わってきた。

 自身の打撃に手応えを感じられるようになった理由は、リズムの変化が大きいと語る。

「一番はタイミングの取り方が良くなったことですね。ボールを待つリズムが良くなって、おのずとインパクトにしっかり力が伝わるようになってきています」

プロ入り直後はタイミングを早く取ろうと思いすぎるあまり、自分のリズムを崩してストレートに差し込まれるケースが多かった。考えすぎるのではなく、余裕を持ってタイミングを取るように変えたことで“自然に”打ちにいけるようになった。

「センター中心に振りにいったなかで、打つポイントが少し前になったら引っ張れるし、体寄りになったら逆方向に飛ぶ。自分のバッティングはそういう形だと最近すごく感じています。打席では基本的に真っすぐ1本で待って、変化球は空振りになっている。そういう課題で取り組んでいるので全然OKです」

強まる「一軍昇格」の声

 満足のいく数字を残しながら、内容も伴い、アウトに倒れてもプロセスに納得できる。大卒ルーキーは4月からの1カ月で大きな階段を登ったと言えるだろう。

 当然、ファームでのパフォーマンスや好成績を見たファンから「一軍昇格」を望む声は強まる一方だが、蛭間本人は冷静沈着だ。

「最近真っすぐを弾けていますが、つかんだばかりです。まだ継続してできているわけではないので。一軍と二軍ではピッチャーのレベルも全然違いますしね。いろいろ期待してもらっているのはありがたいですし、オープン戦のときよりいい数字を残せる自信はついてきているけれど、一軍で戦力になるにはまだまだ時間がかかると思います」

 自分の現在地をしっかり認識し、いつか大きく羽ばたくために今は力を蓄えている。

あの悔しさを原動力に

 ファームで課題と向き合う蛭間だが、改めて努力の原動力となる出来事があった。4月18日、西武が5年ぶりに東京ドームで主催した一戦だ。

 登場曲に使用する「2億4千万の瞳」を歌う歌手の郷ひろみがセレモニアルピッチとスペシャルライブを実施するなか、ファームにいる蛭間は晴れ舞台に立てず、中継映像を見ることしかできなかった。

「東京ドームで試合があることはキャンプの頃から知っていたので、何とかそこまで1軍にしっかり残りたいと思っていたけれど、思うような結果が出ませんでした。自分には力がなくて一軍にいないことはわかっているなかでも、やっぱり悔しさがすごくありましたね。でも、あの試合がゴールではないので。しっかり自分のやるべきことをやって、来年でもいいのでまた東京ドームの試合に郷ひろみさんが来ていただけるようにお願いしたいです(笑)」

足でもチームを鼓舞

 3・4月度には球団独自の「走魂賞」を受賞。同名のチームスローガンに見合うプレーをした選手を一軍と二軍でそれぞれ表彰する企画で、蛭間は二軍部門の初受賞者に輝いた。出塁すれば次の塁を積極的に狙い、外野の間を抜けた当たりではスピードに乗ってダイヤモンドを駆け巡る。

 足でもアピールするルーキーに対し、首脳陣は「常に試合のなかで次の塁を狙う姿勢はもちろんだが、チームを鼓舞する姿がとても良い」と称賛した。

 本人としては次の塁を積極的に狙う姿勢は常に持ちつつ、意図的にチームを盛り上げようとしているわけではないと言う。自然体でプレーしている姿がベンチでそう見られているということは、一定以上の熱を持って試合に入り込めている証だろう。

「だんだん力がついてきている」

 派手なプレーだけではなく、地道な仕事もこなしている。0対7とリードされて迎えた9回裏に10点奪ってサヨナラ勝ちして話題になった5月16日のイースタン・リーグのヤクルト戦では5対7の無死一、二塁で打席が回ってきて、プロ二つ目となる送りバントをしっかり成功させた。

「相手が左ピッチャーだったので、打席に入る前にはどうやったら進塁できるかと考えていたんですけど、いざ打席に入ったらバントのサインが出て、これはガチで勝ちにきているなと。次のバッターが川越(誠司)さんとベッケン(渡部健人)さんだったので、何とか後ろにいい形でつなげば点が入るのではと思いました」

 単打や長打だけでなく、しっかりバントも決めてチームの勝利に貢献した。一軍で戦力になるには小技も求められる部分だ。

 今はもう少しファームで研鑽を積み、来たるときに備える。蛭間はモチベーションを高く持ち、着実にパワーアップしている。

「だんだん力がついてきているのは自分のなかでも実感しています。1軍に上がるのはもう少し時間がかかると思うけれど、ぜひ一軍に行ったときは桐生から応援に来ていただきたいです」

 現在の数字を夏頃まで残すことができれば、その時はやって来るはずだ。ファームで黙々と力を蓄えるルーキーの晴れ舞台を、楽しみに待ちたい。

Text by 中島 大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年からセルティックの中村俊輔を4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識変える投球術』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『プロ野球 FA宣言の闇』『野球消滅』『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

よかったらシェアしてね!
目次