頑張れヒルタク! Vol.001

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サイ・ヤング賞投手との対決で見えた蛭間拓哉の「現在地」。非凡な才能と、一軍への課題

2023年シーズン開幕から約1カ月が経つ中、埼玉西武ライオンズのドラフト1位として注目を集める蛭間拓哉の姿はファームの本拠地・CAR3219フィールドにある。

主に2番で起用され、打率.338を記録(4月30日時点)。逆方向に長打を放ち、四球も多く選ぶなど数字的には好調に見えるが、本人の感触は真逆だ。

「自分としては、まだまだっていうか。もっと良くなるし、課題がたくさんあるなと感じています」

そう語る蛭間の現在地が、よく表れた試合があった。4月16日、横須賀スタジアムで行われたイースタン・リーグのDeNA戦だ。相手先発は、トレバー・バウアー。2020年のサイ・ヤング賞投手で、世界中を見渡しても最高峰投手に間違いなく入る一人だ。大物右腕に対して1打席目、蛭間は初球をレフトに弾き返した。カットボールが真ん中高めに甘く入ってくると、迷いなく振った。初球から積極的にスイングしていけるのは、蛭間の持ち味の一つだ。

「初球から打つためにしっかり準備をしています。この球が来たらこう打つとか、どの方向に打とうというイメージですね。バウアー投手との対戦では真っすぐが来たら打ち返すというイメージで、変化球が来たので対応しました」

以前に映像を見たことがあり、脳裏に印象が残っていた。投球練習中や1番・若林楽人との対戦を踏まえ、自身の打席にうまく入っていけた。だからこそ、初球の甘いボールに手を出すことができた。

「こういうピッチャーを打てるようになりたい」

だが、続く2打席目は完膚なきまでに打ちのめされた。3回1死1、3塁で打席が回ってくると、バウアーは“鬼”の形相に変わっていた。スピンの効いたストレートを続けられ、3球三振。いずれも高めに投じられたもので、最後は155km/hを計測した。

「ベンチから見ていたときと、全然違いました。ギアの上げ方がすごいなって。1打席目はそもそも1球で終わっちゃったし、変化球だったので。2打席目は速い真っすぐしか待っていなかったんですけどね」

圧倒的な力の差を見せつけられた打席を振り返る間、蛭間の表情はどこか明るくなった。大卒1年目のルーキーは、サイ・ヤング賞投手との距離感を肌で知れたのだろう。この経験を財産とし、今後の糧にしていけばいい。

「次に対戦したら打ちたいな、真っすぐを弾き返せるようにしたいなってすごく感じました。こういうピッチャーを打てるようになりたいなって。頑張ろうと思いました」

バウアーのストレートに対し、蛭間は一度もバットに当てることができなかった。これほどスピンの効いたストレートを高めにコントロールできる投手は、一軍でも決して多くない。相手の力量が上回った結果と言えるだろう。

高校時代から抱える課題

同時に、蛭間自身の課題が改めて浮き彫りになった。二軍で好成績を残しているにもかかわらず、「まだまだ」と言うのはストレートを思うように打ち返せていないからだ。

「変化球はある程度対応できているけど、真っすぐの打ち損じが多いです。オープン戦から改善できていないですし、自分の中でもまだしっくり来ていなくて……」

以前からずっと抱えている課題だ。開幕前のオープン戦では相手投手のレベルが学生時代から格段に上がり、とりわけ速いボールに苦しめられた。

「野球をやっている間、ずっと課題にしてきたことです。高校でも、レベルが高い投手に対してはそうでしたね。プロに行って教えてもらって、改善できればいいなっていう思いがあります」

今の自分には、一軍で活躍できる力がまだない。本人がよくわかっているからこそ、開幕一軍を逃しても素直に受け止めた。

「だろうね、っていう感じでした。自分の中で開幕一軍はあくまでも通過点というか、オープン戦で結果を出したらあるかなという捉え方でした。すぐに活躍できると思っていないですし、まだまだやることもたくさんあるので」

一軍に帯同してオープン戦をすごす中、松井稼頭央監督に左手の使い方を聞きに行った。今はファームのコーチたちにアドバイスをもらいながら試行錯誤している。自分の課題を解消し、プロの高い壁をどう突き破っていくか。ルーキーにとって、誰もが通る道だ。新たな環境に慣れ、腕を磨く時間も必要になる。

プロ1年目で見せる非凡さ

海千山千の世界だが、蛭間はドラフト1位に見合う非凡さをすでに示している。

例えば初対戦の投手に対し、初球から振っていけることだ。しかも、逆方向に打ち返すことができる。広角へのバッティングを含め、対応力の高さがあるからファーム1年目ですぐに数字を残せているのだろう。

監督やコーチに自らアドバイスを求める姿勢も、成長には不可欠だ。貪欲にヒントを探り、取捨選択しながら自身の血肉にしていく。そうしていつか課題を克服できたとき、蛭間の目指すところに近づいているはずだ。

「栗山(巧)さんみたいに、ライオンズで2000本安打を達成したいです」

蛭間はプロ野球選手としての目標をそう掲げている。小学生の頃にライオンズジュニアに選ばれ、そのユニフォームに憧れてきた。今年から背番号9を身につけ、勝負のスタートラインに立ったばかりだ。

桐生で築き上げた打撃スタイル

走攻守いずれも高いポテンシャルを誇り、パワーとスピードを備えた万能型と期待される。ヒットメーカータイプだが、長打力も秘めている。そうした高い身体能力が育まれた原点はどこにあるのだろうか。

「渡瀬川を泳いでいたことです。小学低学年の頃、みんなで飛び込んで遊んでいました。昔だったからできたけど、危ないから絶対マネしてはダメですよ(笑)」

冗談めかしたが、桐生の豊かな自然に蛭間のルーツはある。父親の影響を受けて小学3年で野球を始め、初球から手を出す積極性は気づけば身についていた。

強く振る重要性を知ったのは、前橋桜ボーイズに所属した中学2年の冬だった。多くのスイング量が課せられるなか、力を抜いて振る周囲を尻目に「とにかく打ちたかったので、抜かずに振った」。

成果は春を迎えた頃に表れ、目に見えて打力が上がった。「やっぱり、ちゃんと強く振るのは大切なことなんだな」と実感した。

野球人生のターニングポイントは、中学卒業後、埼玉の名門・浦和学院に進んだことだった。

「普段の練習がとにかくきつかったです。でも、その中で得たものがたくさんありました。終わってみたら甲子園に出て、目標を達成できたので良かったと思います。でも、戻りたくはないですね(笑)」

早稲田大学では2年春からレギュラーに定着。早慶戦の独特の雰囲気を体験し、大学日本代表にも選ばれた。そして2022年秋、憧れのライオンズにドラフト1位で指名された。

プロ1年目、無駄にできない日々

華やかだが、熾烈な競争社会だ。ファームで結果を残しても、自身の課題を痛感させられる。それでも、野球だけと向き合う日々には今までと違うやりがいがある。

「結果を出せなかったら、クビになる世界です。本当に1日1日が勝負になってくるというか、大切だな、無駄にできないなってすごく感じます」

今はベルーナドームから聞こえる歓声を耳にしながら、すぐそばにあるファームのCAR3219フィールドで腕を磨く毎日だ。イースタン・リーグの公式戦も有観客で開催されているが、桐生のファンに見に来てもらうのはもう少し後にしてほしい。それが率直な胸の内だと語る。

「桐生の皆さんには、ベルーナドームで活躍する姿を見に来ていただきたいです。まだ技術がないので、しっかり練習していきます。もう少し時間はかかると思うけど、必ず一軍で活躍するのでもう少し待っていてください」

幸い、西武の一軍では外野陣が好パフォーマンスを発揮している。対して蛭間はファームで十分な出場機会を与えられ、打席に立って経験値を積んでいる最中だ。その中でバウアーとも対戦し、サイ・ヤング賞投手の凄みを体感することができた。

いつか、あの真っすぐを弾き返したい――。

前向きなイメージを頭の中で描きながら、今はじっくり力を蓄えている。

Text by 中島 大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年からセルティックの中村俊輔を4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識変える投球術』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『プロ野球 FA宣言の闇』『野球消滅』『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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